« 2009年3月 | トップページ | 2009年5月 »

2009年4月

DOOR TO DOOR

日頃、大野君以外のメンバーの出演作品についてはあまり触れない私ですが、こういうものについては感じたことを書いて残しておくべきかな、とか思いながら、もう一回観てから感想を書くつもりでいたら、なんとなく機会がないままに、うっかり録画していたものを消去してしまいました。まったく粗忽者です。
正直言って、なんとなくもやもやしたものが残るドラマではありましたが、まぁ、もやもやは、もやもやとしたままで、感想を書き残しておこう、かと。しかし1度しか観てないので、細部はうろ覚えです。なんか間違ってたらごめんなさい。

もちろん、二宮和也その人の演技力(いやこの場合観察眼という方が正しいのか)には惜しみない称賛の声を送りたいと思います。
こういうドラマでは、役者がどれだけ「それ」をリアルに演じられるかが成功の鍵を握っている訳で、そういう意味では、彼が発した第一声に、正直、私はぎょっ、としてしまったのだから。
冒頭に入るモノローグが「二宮和也」だったから油断していたけれど、その瞬間、彼は脳性マヒという障害(あえてそう言います)をもつ、倉沢英雄という青年になった。
そうだ、この子はこういうことを平気な顔してやってのける子だった。
心をその役に染めるよりも、その身体的特徴を模倣する方が、ある意味では難易度が高いんじゃあないだろうか。
なぜなら、気を抜いた瞬間「健常者」になってしまっては元も子もなくなってしまうのだから

彼は、脳性マヒの22歳の青年を演じるということを、忠実にやってのけた。素晴らしい。
特に秀逸だったのが自分が就職出来たのは、母親の事前の根回しがあったからだと同僚から聞かされた英雄が、その怒りを母親にぶつけるシーン。
母親の助けがなければ、どうせ自分は何も出来ないのだと自棄になり、それじゃあいつまでたっても自分は大人になれないと、母親を責める、あの瞳の色。絶望や、恨みや、悲しみや、いろんなものがない交ぜになって、灯りもつけぬ冷え冷えとした台所で、英雄の涙に潤む瞳だけが妙に光って。
いつでも前向きで、人々の好奇の目にも負けない英雄が、初めて見せた自虐や卑屈。
自室のベッドで布団をかぶり、細い身体を小さく丸め、嗚咽を漏らす英雄が切なくて、愛おしくて。
このとき、私は、不思議なことにほっとしたのだ、多分。
重度のハンディキャップを持ちながら、強く正しい心や優しさを持ち、前向きで、向上心があり、親思いで、非の打ち所がないような心根を持つ英雄に、内心、痛々しさを感じていたんだと思う。
英雄の弱いところを見て、やっと、倉沢英雄という人間が近い存在になったような気がした。
翌朝の英雄の格好で、昨夜はあのまま、着替えもせず、子供のように泣きながら、泣き疲れて眠ってしまったのだと分かる。
ガラス戸越しに母親の様子を窺いながらも素直になれない英雄。
朝、起きてきて台所のストーブに点火するのが英雄の役目、なんだろうか。母親は自分ひとりの時にはストーブもつけないで仕事をしている。

なぜ、母親は過労で倒れるまで、挙句、命を落とすまで、働かなくちゃならなかったんだろう。
「お金を貯めて、いつかあんなマンションにふたりで住もうね」
と指差す先にあるのは高級高層マンションで、それはあまりにも現実的ではなく。
おそらくは。
想像の域を出ないけれど、おそらくは、たとえ持病のことがなかったとしても、順番として英雄よりも自分の方がが先に逝ってしまうことを考えれば、そこから先、英雄が一人で生きていくのに必要なだけのものを残しておいてやりたいという親心なんじゃないだろうか。
でも、この母親については、厳しいことを言わせてもらえば過保護過ぎたんじゃあないだろうか、という気がしている。
脳性マヒで、右半身が機能しない、という神様から与えられた身体で22年間生きてきて、慣れないネクタイが結べないのはともかく、牛乳パックも開けられないようじゃ困る。
お金の心配も大事だけれど、母親は、彼が一人になっても生きていけるように、せめて身の回りのことが自分で出来るように自立を促す役目を忘れていた、と思う。けれど、献身的に彼の身の回りの世話をすることが、彼女にとっては贖罪の意味を持っていたんだろう。

病に伏し、なかなか快方に向かわない身体で、もう自分が英雄の半身にはなれないのだと悟ったときに、英雄が病室に連れてきた同僚との関係性を見て、彼女はようやく自分の役割を終えた、と思えたんじゃないだろうか。そこでやっと、精神的子離れをすることが出来た。
おそらくは、この子を置いては死ねないと、たとえ1日でも長く生きなければ、と思いながらも身体がままならぬもどかしさや絶望、虚無感の中で、英雄が仕事を通して確実に成長している姿や、同僚というパートナーの存在を確認したことで、やっと、安心して天に召される心になれた。

結果として、英雄を自立に導いたのは母親の死、というこの上ない悲しみになってしまった。
母親がいなくなった家に、同僚がやってきてあれやこれや世話を焼くのを見て、これじゃあ、母親の代わりが同僚になっただけじゃないか?とも思ったけれど、シャツのボタンを留めてくれという英雄に
「出来ることは自分でやる!」
と一蹴する姿を見て、少し安心したりして。(牛乳パックは開けてあげてたけれど)

ドラマの中では、良きパートナーを得て、これからの英雄の未来は明るいかのように描かれているけれど、それでもやっぱり、その先の彼の人生に思いを馳せるとき、大丈夫なんだろうか、ちゃんとやってるんだろうか、と心配になる。
障害を、「個性」と言い切るだけのフラットな心は私には多分なくて、やはり身体が不自由な人を見れば気の毒に思ったり、必要以上の心配をしてしまう。
目が不自由な人が駅のホームにいれば気になって、声をかけるだけの度胸もないくせに、ホームから落ちやしないか、階段で足を踏み外しやしないかと心配で、安全な場所に着くまでこっそり後をつけてみたり。
てんかんの発作を起こしている子を見て、何も出来やしないのに心配でその場をおろおろと立ち去れなかったり。
そういうことが、当事者からすれば、好奇の目で見られているように感じるのだろうし、余計なお世話と思われることも承知なんだけれど。
「個性」は素敵な言葉で、その人の特徴、という意味においては確かにそうなんだけれど、なんだろう、「個」というところに、いくばくかの違和感を感じないでもないのだ。
上手く言えない。上手く言えないのだけれど。

重い。重いな、このエントリー(笑)
本当は、明るくて前向きなお話なんですよね。分かってます、分かってます。
どうも、すぐに深刻ぶりたがるのが私の悪い癖です。
でも、タイトルの前に「感動ドラマ」ってつけるのはやめて欲しいな。感動するかしないかはこっちが決めます。
いや、でも、したんだけどさ、感動・・・。

*お知らせ*
いつもたくさんのコメントありがとうございます。大変心苦しいのですが、PC復活までの間、コメント欄を閉じさせて頂きます。ごめんなさいっっっsweat01
メールは毎日チェックしていますので、なにかありましたら、メール欄からどうぞ。

|

« 2009年3月 | トップページ | 2009年5月 »