独り言
実は人知れず、今年は「マメな更新」を目標に掲げていた私です。
1月は25エントリー。皆勤賞ならず。でも、ま、私にしては頑張りました(←甘い)
が、実はここ数日、自分自身のことじゃあないんですがちょっと気持ちが落ちてまして。
なんとなくブログに向かう気にならなかったというか。
以下、とりとめもない独り言です。読んで楽しい話でもありませんのでどうぞスルーの方向で。
☆
そんなどんよりとした気持ちのまま、先週末、以前バイトしていたレストランに、ちょっとお手伝いに行きました。
そこの店主とは10年くらいのつきあいで、けっこうお互い立ち入ったところまで踏み込んで話の出来る間柄ではあるんですが、最近の彼はちょっと商売ということや、、店の在り方とかで悩んでる様子。
そんな話の流れの中で、彼がこんな話を始めました。
新宿かどこかの、小さなバーのママが亡くなったそうで、享年80数歳。最後まで現役でお店に立っていたそうです。葬儀にはかつてのお客さん、常連さんばかり、2000人もの人が駆けつけ、在りし日のママさんを偲んだんだとか。
そのうち誰かが「実はママは俺の女だった」と言い出すと、別のところで「いや、ママは俺の女だった」と張り合うお客さん同士もいて。
もちろんこれは常連さん同士の冗談で、話し上手で聞き上手なママさんはそこにいる人たち全員の心の恋人で、その店はみんなの心の拠り所だった、というわけ。
そんな店を失ったお客さんたちの落胆、ぽっかり心に空いた穴はどんなに大きかったことでしょうね。
客商売として、理想だよなぁ、と彼は言うわけです。
飲み屋だと、こんなふうにお客さん同士がつながっていく、ってことがあるんだよなぁ、と。ママさんが仲介役になったり、あるいは放っておいても、お客さん同士が仲良くなったりして人の輪が広がっていく。レストランはその辺に限界がある、ということを彼は嘆いているようでした。
確かに、レストランでは、となりに座ったお客さんと話をしたり、なんてことはあまりしないかもしれません。
でもまぁレストランというのは食事を楽しみに来るという性質のものだし、話をするにしてもたとえばカウンターに座る常連のお客さんは、店主である彼と話がしたいがためにそこに座るんでしょうし。
彼の悩みは私には解決が出来ない問題でもあり、なんとなく話に行き詰まって、話題を変えようと
「今期は注目してるドラマとか、あります?」
と話を振ってみました。ええ、なんとか話を大野くんのことにもって行こうという魂胆だったのですが・・・(笑)
私がいくら熱弁をふるっても、大野君の素晴らしさが彼には届かないのがなんとももどかしいところ。
「なんか、今まで呑み助が嵌ってきたもんと違うよなぁ・・・」
と言われて、
「ああ、うん。そうだねぇ」
と答えてはみたものの、なんかふと、考えてしまって。
呑み助の成分を考えたときに、酒だとか、食べものだとかの他に、落語だったり、本だったり、漫画だったり、観劇だったり、しばらく離れていたけど絵を描くことだったり、ま、いろんなものがあるわけですが、そこに、ポン、と入ってきた「アイドル」は、やはり異端な印象を与えるものなのか。
実際、自分自身、この歳でアイドルに嵌るとは思わなかった、とか、むしろジャニーズには否定的だった、等公言してはばからない訳ですが。
実は、それまで黙っていたんですが、大野君のファンブログをやっていて、ということを初めてカミングアウトしました。
「ええっ!そんなことまでやってたの!?」
もちろん彼には驚かれました。(笑)
この間、ブログ開設から1年を迎えたことや、機会があればオフ会も開催していると言うと、そんなことになってたのか、と心底驚いた様子で。
で、ブログを始めることになったいきさつみたいなものを話したりして。
はじめはもちろん、こんなに大野君が好き、って気持ちを吐き出したい、という気持ちや、アイドルなんてを好きになってしまった自分の価値観を、肯定するための確認作業、というか、自分が直感で感じた大野君を、きちんと言葉で表現したい、という気持ちだったと思います。
本当に、彼の素晴らしさを冷静に、理論的に表現することが出来たら、それはどれだけ素晴らしいことか。
実際のところは、我が家はただデレデレなだけのアイタタタな溺愛&変態ブログに成り下がってますが。
そんなふうに、もともとは自分肯定のために始めたブログではあるんですが、今は、少し違ってきています。
同じように周りに嵐や大野くんのことを思いっきり話せる相手がいない、という人たちが気持ちを共有したり、そこに集まる人同士が仲良くなって交流できたら、という気持ちに変わっているような気がする。そのための話題のきっかけ作りになれば、というような。
そんな話をすると、彼が
「それって、さっきのママの話と同じじゃん?」
と言うのです。
「飲み屋じゃなくてもそういうことってできるんだなぁ」
と。もちろん、我が家は弱小ブログ。件の新宿のママさんのような偉業は遂げていないわけで、同じとするなんてとんでもない、恐れ多いことです。
けれど、ブログを持続させて行くことで出来る、ひとつの小さな可能性、みたいなものがあるのかなぁ、と。
ところで私にも、何軒かの行きつけの飲み屋があります。それぞれの飲み屋にはそれぞれの個性があり。
そのうちの一軒は、とても落ち着いた店で、店主は少々辛口ながらしっかりとした自分の価値観がある人。
私はその店で口を開くことはないけれど、黙ってその店主の小気味よい話を聞きながら、静かに呑んでいるのが好きなんです。
そのお店のファンはとても多くて、私のように黙って呑んでいる人もあれば積極的に話に参加する人もいて、時にはお客さん同士で話が盛り上がったり。とても感じのいい店です。
多くのお客さんは、そこの店主の話を聴くのが好きで、そこでのお客さん同士の交流を楽しみに通っている。同じ話題を共有し、共感できる幸せがそこにはある。
けれど、今、その店は諸事情により、扉に鍵をかけてしまいました。
一部の狭い了見が、その店が担っていた大きな役割を奪い、その店を失った多くの人たちの胸に深い悲しみを与え、心の拠り所を奪った、ということが、私には残念で、悔しくて、なんともやるせないのです。
☆この記事は私の個人的な所感であるため、申し訳ありませんがコメントは受け付けておりません。
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